仮面福祉会

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東京から得る業

駅に制服を着た小学生が現れた。

明らかに人が増え、わかりやすく新しい月を迎えた。雰囲気は秋を示しているのに気温が下がる気配を見せないので、9月も夏とみなしてサンダルを可とする。30℃前後の気温で年中過ごしながら、その中で春夏秋冬を感じる未来がくるのだろうか。

 

防災の日をほうぼうでやっている。戦争の特集はよくよく見ることができるが、地震や災害のそれは怖くて目を向け難い。前触れなく起こるし、回避できないし、死ぬかもしれないという恐怖が戦争よりもリアルで強い。しかし例えば、この間行った長野で地震に遭ったら何てことなさそうで、東京から得る業をつくづく思い知って考え込んでしまう。

 

昨日窓口に来たインド人に用があり電話をする。◯◯様ですか?と尋ねると、◯◯様です、と答える辺りにわかってなさが示されている。必要な書類を取ってもらうために、何しろ区役所へ行け、そこから電話をせよと頼むのが伝わらず、もし知らん!となりかけた。例えば私が海外移住をしたとして、現地の人はこんなにケアしてくれるだろうか。わからんが、移住するときは粘り強さと図太さが必要だということはわかった。

区役所まではこぎつけたが、結果を知らぬまま営業時間が終了して終わる。

 

堂々と早く上がり家に着くと誰もいない。父も母も、趣味や学問に勤しみ帰りが遅いことが多い。コロナ明けてあれこれ始まったことと、自分の残業が減ったことの反比例が自宅に発生している。腹が減っているが母が準備をしているのがわかるので、勝手に食事もできず小学生のようだ。風呂掃除ぐらいはしておくが、あとはオールブラックススプリングボクステストマッチの録画を見て待つ。

日本の試合は遅々として進まない感じで焦れていたが、彼らの試合はずっと動いていて面白い。かっこいいひゅーひゅーと囃し立てていたら、9時前に母が帰ってきた。ご苦労様である。