仮面福祉会

できることを切り売りしています

みんな妖精みたいな名前なのに

出掛けるタイミングが母と重なり、では連れだって行こうかとなる。ふと母の出で立ちを見ると、首もとから足先まで水色であった。全身水色だねとお伝えすると、何も考えてなかったと言いながら上着の前を少し開けて中の色を出し、事なきを得ようとしていた。中には、私の感覚ではそれも上着だな…という物を着ていた。ルール無用だ。

投函すべきハガキを手に、物を書かないと字を忘れるし下手になるよね、ということを話しながら駅に向かった。成長過程のどこかのポイントで、覚える→忘れる、の切り換えがあるわけではなかろうが、忘れないように頑張らなくても覚えていられる、というターンはあったような気がする。感覚的には15歳ぐらいで終わったんじゃないか。

 

銀座方面に行き、成り行きで築地から日本橋までぐるりと回った。年度末なので送別の品をとあれこれ見て、プレゼントしたい欲が高まりすぎた。何で、人にあげるものを買うのはこんなに楽しいのか。思うに、所有することを考えなくて良い、というのがでかい。買ったものの始末をつけるのはストレスだ…あ、母が自分で食べないものを買ってきたり、脈絡なくプレゼントをくれたりするの、これか!母に限らず、買ってあげたがり振る舞いたがりの謎が急に溶けた。なるほどな…。

父の誕生日プレゼントを物色していたところに、外国籍のスタッフさんから海外旅行先でされるレベルの売り込みを受け、怖くなったところで平熱に戻った。ビックカメラなのに、どこに連れてかれるかと思ったよ…。

 

図書館で借りた、現代ロシアの本を読む。2009年の本でまだ導入だが恐怖である。