仮面福祉会

できることを切り売りしています

そこにあるものごとへの取り組み

出張で小川駅へ。昼をとれるところを探しに降りたら、辺り一面ブリヂストンであった。どうやら始業式の日らしく、昼前に帰宅した子どもがもりもり走り回っていたが、みんなブリヂストンの子どもたちなのだな。急に異世界に来てしまったような感じがある。多分ブリヂストンで占められた店で定食を食べ、町を後にした。

帰って着々と仕事。久しぶりに出入りの業者でもないIT広告系の企業とメールでやりとりをしており、そうかこの感じだよなと目覚めの気持ち。最短距離でスパっと仕事する、という姿勢がとてもありがたい。営利で数字で成果でという環境じゃないとこうならないんだろうか。非営利だってもっと淡々と片付けさせてくれよと改めて思う。おかげさまでたくさんタスクが済んで満足した。まだ何も始まってないんだけど。

この間お習字に来てくれた同僚と、最近の小学生は習い事として習字をやらないのか?という話をしていた。かつては確かに定番の習い事であったが、最近の小学生は塾に行ったりスポーツをやったり忙しいらしいからなぁ。いつか授業で書道をやること自体不要とされる日が来るんじゃないかしらとすら思う。だって筆で字書くことなんて、人生の避けられない局面としてあるかいな。ないわいな。
正月の一連行事もそうだが、特別の意味はないし無駄っぽいよなーと感じてはいるが、なくなればいいと思っているわけではない。ただ、いつか自然に終息していく日が来るかもしれないな、という、認知の話。