仮面福祉会

できることを切り売りしています

めんどうくさいという老化

駅前で演説をしているのに出くわす。ビラを配る人たちは偶々なのか意図的になのかわからないが若者に見える。バイトでしょう、と一蹴されるのも耳にするが、有償にしても全く興味のない陣営で働くかな。
何を訴えてんのかなと聞いてみて、話の合間合間に自分の名前を差し込むのに作法を感じる。ごもっともな主張なのはわかったが薄くも感じる。あと、投票できる相手ではなかった。
選挙のおりに同時に行われる裁判官の信任、全然わけがわからないまま書いてこんなことでいいのかと若干の罪悪感がある。選挙に行かない理由とはこういうことなのかな、と思う。

仕事な緩いが、ムリゲーに見える課題を前に悩み無闇に焦燥している。うまく行く気がしない。打てる手を順に積み重ねていくしかないが、追い詰められる感覚だけがあり、ため息が出てしまう。
自分と折り合えていない。

武道館でゆずがライブをやっていたらしい。行った方が良かったかなと思い、方がいいって何だと眉をひそめる。ゆずのライブが楽しいのはわかってるのだけど、邂逅に占める割合がでかくなるのが嫌でやめておいている。しかし25年も同じスタンスで歌いライブをやり続けてることにまじで年々尊敬しかない。行かない聞かないくせに尊敬はしまくるしおれもがんばらねばと思う。

中村屋が赤坂で歌舞伎をやるのも知っているが、演目も配役もあまり魅力的に見えず据え置いている。無条件に推す、という感情が磨耗している。
マンガから供給される尊みに頼って寝る。