仮面福祉会

できることを切り売りしています

ささやかな楽しみを最大限にとる

駅までの道のりにある家で咲いているのが、梅かなー桃かなー多分梅だよなーと思いながら通りすぎて数日、ちゃんと見た。梅だ。何年か前まで好きだった子が蝋梅の香りが好きだといっていて、どんな香りかわからず今もわからないままなのを思い出す。
今その子と会ったらもう少しまともな会話ができそうなのだが、多分一生会わないので残念だな。好いた問題に限らず、後から、その時期に相応しい発達に至っていなかったなと思うことが多い。

季節感のあるものは、あるだけでここまで想起させてくるので油断ならない。

仕事。電話口の人が何を要求しているのが全然わからず困る。おれが言っていること知っていることが唯一無二で正しいと考えているのはわかるのだが、どんな目に遭ってどのように思い込んでいるのかわからないので平行線が続き、時間がかかってしまいうまくいかなかった。こんなクレーム電話面倒くさいと思ってるんでしょう、と言われ、いやまじでクレームとは思ってなくてどうしていいかわかんないだけなんだが、それも決めつけられるときつい。
その合間にいろんなけいさつから電話がかかってくるしその間にも各所より攻撃されまくるししかし仕事は進めねばならぬし、カオス。
さまざまなことに誰かちゃんとしたエビデンスをください。

ここのところのタイムラインでお吸い物作りましたをいくつか見て、今だかつて節句がかほどに意識されたことがあったろうか。おうち時間の楽しみかたもいよいよこ慣れてきた感がある。
うちの雛人形はまだいる。母ルールによると、三月いっぱいは飾ってよしということになっているらしいが、そんな風習あるのかな。