仮面福祉会

できることを切り売りしています

穴を掘って捨てて悲しみが残る

アラームで起きる。現実味の強い、疲れる夢を見た記憶があるが一瞬で忘れた。

一生終わらないかに思えた今週も何とか消費して最終日である。誰もいないうちに、事務所の影になっている箇所を中心に掃除機をかける。出しっぱなし置きっぱなしの汚れっぱなしのあれこれに手を付けていると、ここは職場だが生活だなと思う。一人暮らしをしていて、朝放置していったものが帰ってそのままになっているのを見ると、当たり前なのに、ああ、と噛みしめてしまうことがある。一方、人がいることによって景色が変わっていても、気付かないことの方が多い。一人である、ということの方が、普通でないことなのかもしれない。少なくとも自分にとっては。

 

昼に時々行く、職場近くのかき氷のお店の人に覚えられている気配を感じる。恥ずかしいが、かぼちゃのかき氷が優勝のうまさなのでしょうがない。これだけ食べて生きていきたいと、気の迷いが生じるほどである。

 

愛情があり余っているが、向ける先がなくて哀しい。休校で需要が減るが、搾乳せねばならず捨てざるを得ない牛乳みたいなものだ。ただそれと違って難儀なのは、捨てるぐらいのものだから誰にでもあげるよ!とは、ならないことだ。なんかこう、放出するだけで満たされればよいのだけど、受領してもらえないときに感じる哀しさを押し込めることができない。