仮面福祉会

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よければよいでよいではないか

ファミリーヒストリーを見た知人に、中村屋は本当にすごいのか。本当にすごいのは誰なのか。という質問を受けた。
すごい、とは。

すごい、が「芸を認められている」という意味なのであれば、人間国宝に指定されている人がすごいと言えるのでは、と答えた。
十八代目勘三郎は早くに亡くなってしまったが、生きていたとして人間国宝になれたのかどうかはわからない。古典を大事にしていた人だから、なれたかもしれない。

歌舞伎界では誰が偉いとか、どの家がどの家より格式が高いとか、時々聞かれるそうことを私はほとんど知らない。正統なのはどこだとか上下関係だとかに興味がある人がいる、ということに、へぇと思う。

そういう話で大体引き合いに出されるのが團十郎成田屋であるが、あのおうちは江戸歌舞伎の神様みたいに扱われて何だか大変ですよね。海老蔵は、元を正せば歌舞伎役者なんて最下層身分だったんだというようなことを言っているが、本人の振る舞いから周りの扱いから全部、どうもアンバランスで無理が見える。

私は単純に海老蔵の芸があまり好みではないので積極的に見ないようにしているのだが、歌舞伎好きだと言うとすぐ海老蔵のことを振られてしまい、ついむっとなってすぐに申し訳ないと思う。海老蔵が悪い訳じゃない悪いのは世間だ。むしろ歌舞伎役者でこんなに広く一般に有名だなんてすごいじゃないか祖母も好きだったし華があって集めなくても良い注目まで集めてさぞかし大変だろうよ…しかし何なんだ白猿って。

家の話なら格式どうこうなど実体のない上下関係よりも、この家が得意な芸は何だとか、どの家とどの家が縁があるとかいう、現実の話が面白い。

本当にすごいのか、という意味は何となくわかるのだ。私も例えば十七代目勘三郎の歌舞伎の芸が本当にすごいのかどうかよくわからない。玉三郎の芸はすごいと思う。勘九郎もすごいよ。
これが、主観でないと言える境界線はどこにあるんでしょうね。