仮面福祉会

できることを切り売りしています

共有したくなさばかり膨らむ

ダイヤが変わり、しばらく使っていなかった時間の電車に乗る。座席の前まで移動すると、見覚えのある人が見受けられ。私がこの電車に乗らなかった間もずっと、この人々は同じ生活を続けていたのだな。当たり前のことだが、自身の関わらない世界は意識から落ち、消失したぐらいの感覚でいることがわかる。

 

ラジオで野球中継を聞きながら出勤。仕事中もちょいちょい速報を更新して覗く。文字で見ていくと、できすぎた展開も温度感が変わらず気持ちが穏やかだ。実況解説にやきもきしがちな自分には、これぐらいがちょうど良いのかもしれない。

 

今度定年の部長と飲みに行く約束をしたのに、打ち合わせが入っていることに気付き青ざめる。誘っておいてこれかよ。詫びてリスケをお願いしながら、昨日に引き続き俺はもうダメだという気持ちになる。部長も忙しいし、迷惑なのでは、と思い始める。人付き合いからドロップアウトした過ぎてリモートワーク個人事業主になることを夢想する。

 

帰宅し、再放送で野球の後半を見る。案の定実況解説に気持ちが乱れる。まるでマンガですね漫画ですねと繰り返すだけで、現実を陳腐なものに落とし込むしかできないような語彙力なら黙っていてほしい。

母が録画しておいたというライブは、途中から30分しか録れていなかった。それを知った父がてきめんに機嫌が悪くなり、70歳を越えた者の人間性がこれか。

終わって寂しいと言っている選手の談話を見て少し寂しい。社会に、ある程度まとまった楽しみがあるのは平和であった。