仮面福祉会

できることを切り売りしています

第3の日

暑くてちょくちょく起きながら、6時前に起床。今週は毎日早朝に活動を始めていい加減疲れている。眠くはないが、くさくさする。

とはいえ今日は贅沢にも高級ホテルにいて、朝の景色も最高である。写真に納めるなどしていると、6時に朝食が運ばれてきた。これが、セレブリティの楽しむルームサービスというやつか。サーバーにたっぷりコーヒーが入っていて、何時間もかけて楽しめたら良かったが、そこそこで切り上げて支度をせねばならない。

7時になると、母の友達がやって来て着付けをしてくれた。いつも話に聞いていた人たちが目の前に現れ、イメージとの違いが楽しい。母は着物教室クラスいち帯の締めが強いのだと教えてくれ、母らしい特徴であるなと納得した。母はとにかく上半身の筋力が強い人なのだ。

美容院で顔をしてもらい、いちいちスタッフの人々に導かれながらホテル内をぐるぐるまわる。至れり尽くせりとはまさにこれだ。

 

ふわふわした親族紹介を終え、チャペルで式。クリスチャンではない自分には毎度理解のできない儀式だが、正面一面が窓で燦々として真っ白な室内が輝き、ここで式をしたいと思うのはわかる。脇に置いてあるイスの傍らに荷物入れがあるのに気付き、生活感が思いがけない。どうやら、花嫁が動く度に黒子のような働きをする、スタッフさんのものらしかった。

ぞろぞろと移動し程なく始まった披露宴は、でかくて初めて出るぐらいの規模ですごい。プログラムも久しぶりに見る典型的なもので、こういうのがやりたいタイプだったのかと意外だ。

両親が、決して我々を表に出すなと念押しをした結果、幕間で兄と自分が駆り出されて辟易した。しかし、弟の一斉一代の晴れ舞台である。流石に精一杯協力して偉い。

余興もあり、それが弟と彼女の友達合同の出し物で感心した。みんな30歳オーバーだし、どうやって準備をしたのか、良い仲間を持ったものである。

身内の余所行きの様子はあんまり見たいものではないが、弟も父も、大勢を前にちゃんと話していて、見くびってはならんなと反省した。感動して泣いたりするかもと警戒したが、ひと仕事終えたという疲労感だけが残った。あと、食べ物がうまかった。新郎である弟も高砂でもりもり食べていた。わかるよ。

 

帰りがけ、従兄姉と伯父伯母とお茶をした。感染症のこともあり、会うのは何年ぶりか、もはや数えるのも困難であったがまぁ身内なので、特段の感慨はない。女性陣で旦那子どもの話で盛り上がる横で、1番上の従兄が伯父の話を一生懸命聞いていて偉い。片耳に聞こえる情報から鑑みると、親族だからこそある、確執とか愛憎を伯父が訴えているのがわかった。何歳になってもなくならない、むしろ拘りは深まるばかりで、めんどうくさいことだ。

 

帰宅し、眠い気がして屍のポーズになるが眠りはしない。今日の一連を思い返し、自分の未熟さを省みて、即ち死、と繰り返し思う。そして明日と週明けの仕事をシミュレーションし、トラブル回収があるのが嫌で更にどんよりする。

 

兄を見送って仕舞う。平日でも休日でもない、どこにも属さない不思議な1日であった。