仮面福祉会

できることを切り売りしています

見えてないんじゃない、無視してるの

歌舞伎の桜の森の満開の下で、鬼が言っていた。

また中華料理屋で相席をする。
同じテーブルで差向かっているのに互いに完全に無視するというシチュエーションに、人間の振る舞いの複雑さを感じる。黒子とか人形遣いのように、あんなに見えてるのに見えていないことにできるのと、同じ種類の技術だな。と思いながら麻婆豆腐を食べた。

10代の頃よく読んでいた漫画やアニメやラノベのファンタジー系の話によく、気配を消すとかないとかそういう表現があり、その術が優れているやつが凄いということになっていた。だから「気配」は架空のものだと思っていたのだが、大人になってふと、漫画のようにいかないまでも、気配は本当に消したり主張したりできるんだな、と気付いて変な感じがした。何なんだ気配って。でも、あるな。

私はド真面目な人生を送ってきたので面白味がないのがコンプレックスなのだ、という話を先日恋バナでしたところ、面白いとか面白くないとかではなく、問題は人間性だ。と、60代後半の母(比喩)に言われた。
人間性。それはそうだな。確かに。とはっとしたが、人間性。についてはなおのこと、自信がない。人間性を良くするなんてこと、できるんだろうか。そんなの修行じゃないか。ダメかもしれない。

気配を消して部屋で屍のポーズをとっていたら、同居人がギター弾き語りでスピッツを歌い始めたので焦った。ごめん、いるよ。