仮面福祉会

できることを切り売りしています

目に見えない話せないけど存在する

いろんな企業CMとか、テレビ番組とか各種イベントとかで、パラリンピックを盛り上げるために、いろんな団体が意識的に発信してるなと思っている。そういうので出てくるのは、車イスとか義足とか義手とか目が見えないとか耳が聞こえないとか身体障害の人たちが多いので、身体じゃない人はどうなんかな、と思っている。

自分が今まで生きてきた中だと、身体よりも知的障害の人の方が身近で
それでもって何故かすごく好かれがちで、普通に接してるつもりなのにぐいぐい懐に入って来られることが多くて、正直ちょっと苦手意識がある。

そういう自分が良くないんじゃないか、分け隔てなく接せないといけないんじゃないだろうかと思う時もあるけど、無理なものは無理だし、そういう人間は福祉職につく器ではありませんとか言ってたら、福祉の仕事できる人間なんておらんのと違うかと、開き直っている。
縦割りがどうかという話はあるけどともかく、福祉もいろいろ分野があるから、全部が全部受け入れられなくたって、しっくりくる仕事がきっとありますよ、と福祉人材確保的には言いたい。

で、苦手意識はしょうがないとして、それは「自覚したうえで行動する」て話だから、決して「ないものする」ということではない。
パラのいろいろ見てると、もちろんみなさんすごいながんばってるなと思うんだけど、こういう構成でいいのかしらやむを得ないのかしら無視してるのかしら、と、ちょっともやっとする。どうしたらいいかしら。